親子の関係は生涯続くものですが、「子育て」という観点からすれば、その期間は案外短いものです。子どもは成長とともに(特に進学を機に)活動範囲を広げ、自立への道を歩みますが、その分、次第に、親子の時間は少なくなります。また、思春期特有の反抗期もありますから、冷静に話ができない… そういったお母様方の声も聞こえてきます。 

我が家には一人っ子の娘がいるのですが、つい先日、私は娘を厳しく叱りました。心の内では葛藤はありました。しかし、「ときには、我が子の前に立ちはだかる壁にならねば」という、親としての想いが上回りました。おそらく娘にとって、人生最大の恐怖だったでしょうね、私も本気でしたから。娘は大粒の涙をポロポロと落とし、それでも視線を外さず、最後まで私の目を見て聞いていました。 

さて、よく「子は親の鏡」とか、「親の背中を見て子は育つ」とか言いますが、今のように情報が氾濫する時代において、また、家族形態が昔とは変わってしまった現代社会においては、親は我が子に対して、世の中に対する見方、信条、価値観といった自己形成の根幹となるものをもっと伝えた方がいいのではないか、私はそう感じています。それができる人間関係は家族しかない、と。 子どもは大人の考えの尺度を知りたがります。一般論ではなく、本音を知りたい。例えば、受験校選びに関しても、最終的に「子どもに任せる」というスタンスはいいと思いますが、全く親がノータッチ(放任)で、条件も意向も示さないというのはどうなのでしょうか。こういうときこそ、「これから先、どんな人生を歩んでほしいと願っているのか」をしっかりと伝え、家族で話を深めておくことが必要なのではないかと思います。心の奥底からこみ上げてきた親の言葉は、きっと我が子の生きる指標となっていくはずです。





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# by chikushin-column | 2017-10-14 10:51

4技能 #171号(2017年9月)



近年、教育界では「英語4技能の習得」というフレーズが、アクティブラーニングと並んで大きな話題になっています。ご存知の方も多いかと思いますが、「読む・聞く・書く・話す」の4つの能力のことです。この英語能力は大学受験を視野に入れた際、非常に重要になりますし、英検やTOEICの点数が入試において点数に換算される等、急速に広まってきています。

ただ、その一方で、塾現場で小中学生を指導していると、「国語(=日本語)4技能」が心配になる場面に出くわすことが非常に多いのが現状です。4技能というのは、「読む・聞く」のどちらかと言えば受動的な2技能と、「書く・話す」の能動的な2技能に分けられますが、私の印象では、前者(読む・聞く)が疎かになってきている気がしています。 

前述の内容とは少々逆説的にはなりますが、読んだり聞いたりという行為は、ある意味、とても主体的な側面を含んでいます。それらは一見受身のように見えて、実は、自分の感情を他者にすり合わせていく思考作業ですから、一定のストレスは付き物。好き勝手は許されませんし、思い通りにもなりません。特に、読むチカラ(独力で日本語を読み解くチカラ)が全てのベースです。これを養っておかなければ、近い将来、自学勉強の負荷に耐えられなくなり、伸び悩みの原因となります。 

読むチカラには、①丁寧な音読と②スピードを上げた黙読(速読)の両方が必要になりますが、ご家庭でそれを測る方法としては、「初見の文章を上手に音読できるか否か」、これが一番わかりやすいかと思います。また、そのためには語彙力や漢字能力の向上は不可欠ですので、検定等を利用して、ひとつ上の学年ぐらいまで取得していくことをオススメしています。




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# by chikushin-column | 2017-09-13 23:49


塾生たちの話を聞いていると、どうやら「(自分は)基礎は大丈夫だ」と思っている節があります。「基礎」とは、教科知識や解法のベースとなる土台部分、それは間違いではないのですが、しかし、それだけではありません。

今回のコラムは、基礎・基本・応用と3つに分けたうち、基礎に焦点を当てたいと思います。 まず、前提として、基礎は見えにくいものだということです。例えば、家屋等の建設工事を想定してもらえればイメージしやすいかと思います。 

では、学習面における基礎とはどういったチカラのことかと言えば、やはり、「読み書き計算を独力で正しくできること」になるでしょう。この部分を小学生時代に習得しておけば、処理能力がグンと上がるため、時間に追われる中学・高校時代も乗り切りやすくなります。基礎力は科目横断的なチカラですから、当然、実力テストの成績も安定してきます。 

そして、もう一言。これはあくまで私見ですが、実は、基礎こそ奥深くて面白いのです。汎用性があり、お得な知恵や情報がたくさんあります。学習の楽しさは、知識を結び付けて正しく組み上げ、その先に見え隠れする何かを、想像力を働かせて一般化したり法則性を探ったりすることにあります。こういった態度も、学習に必要な基礎的な資質であり、それは日常における思考の「習慣」から作られていきます。習慣は無意識の意識、大事な土台です。



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# by chikushin-column | 2017-09-07 14:05


「目的のためなら手段を選ばない」という意見があります。例えば、目的が「勝つ」という一点ならば、そのためにどんな手段でも使うということです。これは卑怯だと思われる方もおられるでしょうし、勝てるところで勝負して何が悪いとおっしゃる方もおられるはずです。しかし、一つ言えることは、何事も「結果が全てだ」という目的至上主義で突き進めば、それは失敗の許されない窮屈な世界になり、その延長線上には、無難な安全地帯にいることを良しとする個人と小集団ができてしまうのではないか…、私はそれを危惧しています。

今、受験シーズンの真っ最中ですが、入試を進学のための手段として捉えれば、「受かればいい」という解釈になるのでしょう。ただ、私はその考え方に賛同できません。入試そのものに、そして、そこまでの受験勉強の中に大きな意味が含まれていると考えているからです。つまり、手段と目的は別モノではなく、両者は一体であるのではないかと。もう少し丁寧に言えば、長い目で見たときに、「手段の中にこそ、とても大事な目的が含まれている」と言えるのではないか、これが長年この仕事を通して子どもたちと向き合ってきた率直な感想です。



さて、最後に、教室の様子のご報告です。この時期はどうしても受験生に目がいきがちですが、実は、次学年のクラスがとてもヤル気で雰囲気がいいのです。急に芽が出始めた印象ですが、私が気づかなかっただけでジワジワきてたのかもしれません。先輩たちの姿や結果を見て「次は私たちの出番!」と前向きに取り組んでいます。
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# by chikushin-column | 2017-02-28 16:00

【今月はお子様(中学生)に読んでもらうために書きました】  



「具体的な知識や事柄を一般化し、再び、具体的な問いへと転換する」これは勉強していくうえで重要な思考過程です。少しコトバが難しいかもしれませんので噛み砕いて説明していきます。 

例えば社会科のように、巷では暗記科目の代表格とされている教科でさえ、高得点を取るにはこれが必要です。知識がバラバラで使いこなせないのは、関連づけや意味づけがされていないからに他なりません。全く同じ問題ばかりなら暗記作業でいいのでしょうが、この方法では忘れてしまったときにお手上げ状態。これではさすがにリスクが高すぎます。では、どうすればいいのでしょうか。 

まずは、いろんな方法で具体的な知識を集めることではないかと思います。聞いたり、読んだり、書いたり、調べたり、声に出したりして情報をインプットすることから始めましょう。と同時に、それを試してみる、問題を解いてみる、こういう初期段階の取り組みが、実は「具体的なモノ」を拾い集めるということです。そして、それを続けていると次の段階、つまり「一般化(抽象・概念)」のステージに辿り着きます。思考の「よりどころ」となるベース基地みたいなものですね。理科では実験の後に「考察」がありますが、それと似ています。具体から抽象へ、そしてまた具体へという回路ができてしまえば、あとは楽です。テストの点数も高いところで安定してきます。 

このように、知識の集合体を概念のようなものに押し上げることができたら、一気に視野が開けた感覚を覚えるでしょう。勉強にも自信が出てくるはずです。ですから、今年一年、これを大事にしてください。答えよりも、途中段階の思考の方が長期的には大切なのです。「ひらめき」や「センス」なんかなくても大丈夫。正しい心構えで丁寧に学んでいけば、キミの脳はさらに進化していきます。今年も「笑顔でガンバレ」で取り組みましょう。


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# by chikushin-column | 2017-02-28 15:50


【アクティブラーニング】 教員からの一方向的な講義で知識を覚えるのではなく、生徒たちが主体的に参加、仲間と深く考えながら課題を解決する力を養うのが目的。そうした力を養う授業手法として、グループワークやディスカッション、体験学習、調査学習なども有効とされる。



2020年教育改革に向けて、巷では、このアクティブラーニングという「言葉」だけが先行しているようです。マスコミ、特に新聞が煽っているように見受けますが、正直、力みすぎの感が否めません。勇み足にならなければよいのですが。

大改革の目的は、子どもたちの主体的・能動的な学習を推し進め、従来のペーパーテスト中心の評価システムから脱却すること。そのために、授業では双方向のやりとりやグループ学習を取り入れ、授業自体のあり方を変えていく、そういった手法の総称がアクティブラーニングです。しかしながら、これらの学習手法は目新しいものでも何でもなく、大学では、例えば研究発表やゼミの場では、ごく普通のことですし、小中学校でも以前からさかんでした。むしろ、初等教育では、そういった「学び合い」の授業が多いために、基礎・基本を定着させるための授業時間が不足しているとも言えるくらいです。

さて、このように現状を捉え直すと、小中高大と続く学校教育において、「高校」での授業スタイルや評価システムだけが旧態依然としたままだという指摘があり、そこに改革のメスを入れるためには、どうしても大学入試とセットで検討する必要が出てきた、とそういう経緯のようです。近い将来、センター試験の廃止も含め、大学入試のあり方自体が大きく変わりそうですが、これは従来の学力観(主として正確な知識とその量を問う)だけではない新タイプの学力観、すなわち「課題解決能力」や「対人能力」なども評価の対象としていく、そういう時代の到来を予感させます。現実的な問題として、そういった能力を公正に点数化できるのかという懸案事項は残りますが、今や東京大学でも推薦入試を導入する時代、グローバル社会では「多様性」が一つのテーマになりますから、今後、入試の選抜制度もさらに多様化していくことになりそうです。
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# by chikushin-column | 2016-12-12 13:35

ちょっとやってみただけでうまくいくこともあるし、何度やってもうまくいかないこともある。でも、慢心してはいけないし、卑屈になってもいけない。成功も失敗もある。確率が高いか低いかの問題であって、世の中の事象は全てがそうなっている。

繰り返し続けていると、いい結果が出る確率が上がり、手ごたえを掴み始めるが、またしばらくすると停滞が起こる。でも、そこで諦めてしまうのはもったいない。もう一段階、ステージを上げるためには、これも必要な過程だからだ。それでも粘り強く続けた者にチャンスは必ずやってくる。思うように前へ進めないときは、寝る前に気持ちをリセットして朝を迎えるとよい。睡眠は一日の最後ではなく、一日の始まりだと位置付ける。その意識だけで翌日の行動が変わってくることがある。



さて、今の子どもたちは、我々の世代とは社会環境がまるで違う。情報ICTの進化、グローバル化、共働き家庭と核家族の増加等、挙げればきりがない。さらに、今の時代の子どもは、大人社会の経済活動に巻き込まれ、一人の消費者としての役割も担っている。様々な分野で低年齢化と二極化が進み、人生の分岐点が「前倒し」されてきた感が否めない。

言い換えれば、子どものプロフェッショナル化が進んでおり、ある意味、万能型よりも一点突出型に注目が集まり、結果、オールラウンダーを生み出しにくくなった。

成績がいい子は、いい結果を出すために、この勉強にどれぐらいの時間をかけるべきか、という推測ができる。準備の時間を生み出すためなら、その他の時間を削ろうと考える。それぐらい、自分自身のゾーンの中心にあり、アイデンティティにもなっている。したがって、これを守ろうとする意識も強くなるため、目標意識が生まれる。塾現場で見ていると、この意識は10歳前後(小学校高学年)から芽生えてくるようだ。

小学校内容(基礎学力)が完璧であれば、中学校で行き詰まることはまずない。中学生のつまづきの多くは、小学校のうちに身につけておくべき基礎力不足が大半であり、また、無意識に繰り返され習慣化されてきた勉強に対する位置付けの差に他ならない。



少なくとも義務教育の9年間は、複数の領域をバランスよく鍛え、資質を伸ばしておくことが将来の選択肢と可能性につながる。勉強よりスポーツでも、スポーツより勉強でもない。本来、両者は人間形成のうえで相互補完的な役割を持ち、両輪であることを、ここで改めて認識しておきたい。


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# by chikushin-column | 2016-10-12 22:40
中・高校生は通常期以上に部活がハードになることが多く、特に高校では夏課外も組まれています。夏休みだといっても、実際は「休み」という感覚ではありません。一方で、部活を引退した中3や小学生は比較的ゆとりがあります。自由な時間に何をするかによって当然大きな差が生じてきます。

通塾中の小学生は、塾のリズムと家庭学習(宿題)によって一定時間の学習量が確保されますから、それで十分かと思います。小学生の場合は、遊びも重要な人間形成になりますし、ご家族との時間がたっぷり取れるのも今しかありませんから。勉強面では自由研究に励んでもらいたいですね。例えば、教科書の未修範囲の漢字を全て筆で書いたり、歴史上の人物をコレクションしたり、昆虫採集や観察をしたり・・・、表現が適切でないかもしれませんが、「しなくてはいけないこと」ではなく、あえて「しなくてもいいこと」をやってみる、それが夏休みの醍醐味ではないでしょうか。

受験生の夏は基礎固めと意識改革が最重要テーマです。これまでなんとなく決めていた自己評価ラインを一段階上げる必要があります。塾では重要単元の総復習に加え、基礎チェックテストも毎日実施しますから、学校の宿題(今年はボリュームが多い)と合わせると結構な学習量が求められます。そのためにも規則正しい生活が大前提! まずは目標を決めて継続することです。そのあたり三者面談でもお話します。また、体育系の部活に入っていたお子様は、短時間、体を動かすと気分転換になります。ときには勉強以外の時間も作ってあげないと、心身のバランスが取りにくくなるようです。どうも表情が曇りがちなときは、思い切ってリフレッシュすることもいいでしょう。

今年の夏は、猛暑の予測も出てますね。保護者の皆様、どうぞご自愛くださいませ。
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# by chikushin-column | 2016-07-20 14:11


今回のコラムは、学力との関係性が深い「学力以外のチカラ」について考えてみませんか、というご提案です。なお、来月の小学部公開保護者会では、この件を掘り下げてお話させていただきます。「伸びる資質と見えない学力」をテーマにした子育てセミナーです。お誘い合わせのうえ、是非ご参加ください。

さて、長年、塾現場で教えていると、いくつかの共通点やパターンが見えるようになりました。例えば、入試という「勝負の世界」に関して言えば、その合否は偏差値や判定等の過去のデータよりも、むしろ、「本番当日のメンタリティーが明暗を分ける要因となること」が挙げられます。特に公立高校入試のように、同じ学力層の受験生が競い合うような場合、土壇場では学力以外の要素が(良くも悪くも)効いてきます。「心の強さ」は、スポーツの世界の専売特許ではなく、学力勝負の世界においても必要なチカラです。

また、こういうこともあります。近年の入試では記述解答が増加傾向にあり、科目横断的な「日本語力」の重要性が叫ばれています。最後の最後でグングン成績を伸ばし、ごぼう抜きしていく受験生は、概して、文章を読むスピードが速く、また文を書くことにも抵抗がありません。(日本語を上手に操れることは「伸びシロ」という意味でも「安心感」という意味でも非常に大きい)

このように、言葉の世界(本)が好きな子どもは、言葉に敏感であり、貪欲であり、想像力も豊かです。他人に依存し過ぎず、自分独りの静かな時間を大切に使います。これが「平常心」を保つ秘訣かもしれません。
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# by chikushin-column | 2016-06-30 17:15


人には先天的に生まれ持った資質と後天的に育まれていく能力とがありますが、人格形成においては、やはり後天的な部分、つまり「環境」や「教育」が大きな影響を及ぼします。

これはなにも子どもの世界に限ったことではなく、大人であっても同じです。良くも悪くも、環境のチカラは大きなものであり、集団において多数派を作り出し、価値観を形成していきます。まるで暗黙のルールでもあるかのように、環境は(無意識に)一人ひとりに影響を与え、思考を習慣化していきます。

また、環境というものは、自由放任で維持できるものではなく、そこに規範なり、目的がなければ崩れやすいものです。

ですから、自分に最適だと思う環境に身を置くことは大事ですが、一方で、それを踏まえて、環境をよりよいものにしようという気持ち、個々の人間の自律が、さらによい環境へと導いていくものだと思います。

自ら学び、自ら判断し、行動できる人になってほしい、自分を律し、他者を思いやれる人に成長してほしい、これらが私たちの願う人間像です。塾という環境が、学習面の向上とともに、そういった人間力を鍛える場として貢献できるよう、私たちも精一杯取り組んでまいります。
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# by chikushin-column | 2016-01-16 10:51

毎月お渡ししている塾生保護者様への塾報(ちくしん通信)から、「塾長コラム」欄を抜粋したものです。どうぞ、ご一読ください。(文責 今井)


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