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親としてどうあるべきか、我が家の子育ては正しいのか、そういった親としての葛藤や親子関係の悩みは、多かれ少なかれどんなご家庭にもあることでしょう。特に思春期は自立心の芽生えから、親、家族との距離を置きたがりますし、友人や先生、場合によっては(今の時代ならではですが)ユーチューバーやインフルエンサーといった「家族以外の人」の考えかたや生きざまに興味を持ち始めます。

また、人からの影響だけでなく、自分の好きなもの、例えば、アニメ、音楽、スポーツ、本、芸能等、あらゆるものから影響を受け、自分に足りないものを補い、(ある意味では)流されたり揺さぶられたりしながら、自分の価値観を醸成していく過渡期です。もちろん、子どもは親に認めてもらいたい、家族で楽しく過ごしたいという気持ちを持っていますが、一方で中学生ぐらいになれば、「一人の時間」を欲しがるのも当然です。ですから、家族といえども、子どもの自由時間に干渉しすぎず、家族の時間、個人の時間というように、約束事を決めておくのも一つの方法です。

とにかく、家族関係が窮屈になると、余計に何も言い出せなくなりますし、ストレスを抱え込むことになります。親子だからといって、自分の経験や信条を押し付けたり、失敗させないようにと何もかもお膳立てしていては、その場は丸く収まっても、我が子の主体性を阻み、成長の芽を摘む要因になることも考えられます。失敗を恐れて避けていてはチャンスも逃げてしまいます。ときには、学生時代の失敗談なんかもお子様に話してあげるといいですね。

ご家族の笑顔が、お子様にとって一番のサプリメントです。特に受験生はここからが正念場ですが、親と子の関係性を見つめ直すタイミングであるとも言えるでしょう。

# by chikushin-column | 2021-10-16 21:23

パラリンピックの走り幅跳びをテレビ観戦していたのですが、遠くへ跳ぶためには、やはり何といっても「助走」なんだなと感じました。もちろん空中でのフォームや角度、着地も要素としてあるのでしょうが、踏み切った後、コンマ何秒でそれらを修正するのは至難の業。大ジャンプを成功させるには、助走の完成度と踏み切りの正確性が絶対条件のようです。(陸上ド素人なので間違ってたらごめんなさい(笑))

スピードが速ければいいというわけでもなさそうですね。それに、選手個々で助走の距離も違いました。距離を長くとる人、短めの人、いろいろです。また、選手の装着している義足について調べてみたところ、いくつかのメーカーがあり、性能の向上にしのぎを削っているようです。選手・コーチの想いや要望に応えるべく、チームも協会も企業も一体となってサポートしているというわけです。

さて、選手は皆それぞれ、踏み切り板までの「歩数」や「リズム」に一定の「型」を持っていました。試行錯誤を繰り返し、体にしみ込むまで練習し、再現性を高め、身につけたスキルなのでしょう。それは、心が身体を動かしているというより、むしろ、身体が心や脳を制御している、そんなふうに私には見えました。
 
これとよく似たことは、実は勉強にも当てはまるのではないでしょうか。アタマで考えているだけでは勘違いミスが出やすく、さらには論理の飛躍や思考の矛盾にも気づきにくい。ですから、予防策として、①手を動かす ②思考過程を書く(声に出す) ③自分の脳内を見える化する、このような「動作」が有効なのです。常に手を動かしながら、自分と対話する、学習にはそういう意識や態度が必要です。


# by chikushin-column | 2021-09-22 15:05

先月末から今月前半まで個人懇談を実施する中で、中学生の保護者様から、「小学校のときのほうが家で勉強してたのですが・・・」というご相談が多く寄せられました。前回のアイレター(ご返信)にも家庭学習に関するご意見がありましたので、今回はこの点に関して少しお話させていただきます。

中学校で出される日々の宿題は「自学ノート」です。自己管理と主体的学習を狙いとしていますが、宿題という強制的概念ではなく、自ら学ぶ学習姿勢へと転換する試みです。自分のレベルに応じて、自分に必要な勉強ができるというメリットがありますが、ただ、注意しておくべき点として、「自分の好きなように使う」というスタンスは危うい面もあります。ある意味、その危うさを回避したり、矯正したりする役割を、従来の「宿題」が担ってきたとも言えましょう。

易きに流れることなく、自分を律して、工夫して取り組めるならばいいのですが、例えば、ただただ単語やプリントを写すだけだったり、やたらと装飾を施し数時間かけてまとめたり、そういった使いかたは本来の趣旨から逸れています。作業的な勉強では意味がありませんし、逆に時間をかければいいというわけでもありません。自分のための勉強になっているかどうかという視点が大切です。(つい先日、塾での勉強中に、板書した内容をそのまま自学ノートに書き写す塾生もいました・・・)

私がオススメしている「自学ノート」の活用法は、翌日の予習内容のノートまとめ(特に社・理)が半分、間違えた問題を解き直す復習(特に数英)が半分です。そして、自学ノートにかける時間は1時間以内、あと1時間は学校のワークや塾のテキストの「問題を解く」ように話しています。わかっただけでは点数になりにくいのが小学校と中学校との違いです。自学ノートも含めて、問題を解く時間(演習量)を増やしていきましょう。

◆中2塾生の自学ノート(ご参考に!)

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# by chikushin-column | 2021-07-15 16:56

勉強しているのに今ひとつ成績が伸びないといった場合、学習習慣そのものに原因があることがあります。一般に、家庭学習の習慣といえば、その「時間」をひとつの指標にすることが多いのですが、それは本当に正しいのでしょうか。お子様に正しく伝わっているでしょうか。

やや極論になりますが、勉強を「机に向かう時間」だと捉えていると、その時間自体が「目的」になってしまう(手段の目的化)、そういうタイプもおられます。勉強を「仕事」に置き換えてみるとイメージしやすいでしょうか、「何のために働くのか」ということですね。また、「宿題」に関しても同じようなことが言えます。指示された宿題をこなすこと、形を整えて提出することが目的になってしまうと、本来の「勉強する」という狙いから逸れ始めます。アタマを使って勉強するのではなく、作業になるわけです。このあたり、勉強の捉えかた、時間の使いかたについては、誰もが遅かれ早かれ、壁にぶつかりますので、そのタイミングで次元を上げながら修正する必要があるように思います。中学生になったときや、受験勉強が本格化するときが多いでしょうか、どうしても時間的な制約がきつくなりますので、その中で学習効果を上げるには密度を高めることが不可欠です。同じ量を今の半分の時間で消化できれば、同じ時間で今の倍の勉強が可能!そこに「工夫」が生まれてくるはずです。

過去のやりかたや習慣を変えることは容易ではありませんが、自ら具体的に動き始めたならば、それは成長意欲の表れです。勉強は点数のためだけにあるのではなく、将来を生き抜くうえで重要なチカラ(非認知能力)を養う役割も担っています。最低限の勉強時間は当然必要なのですが、自分のやるべきことを計画し、実行するような家庭学習が理想的です。


時間に対する意識 #216号(2021年6月)_d0347964_15151206.jpg

時間に対する意識 #216号(2021年6月)_d0347964_15123583.jpg


# by chikushin-column | 2021-06-16 15:16

今回は創業開塾20周年の春を迎えるにあたり、また、コロナ禍で浮き彫りとなった「塾の役割と上手な使いかた(出来ること出来ないこと)」に関して、きちんと整理して書き留めておこうと思います。

塾の役割は大きく分けて次の5点です。一つ目は「教えること」です。これは学習塾ある以上至極当然ですが、学校の復習内容や予習も含めて、最終的に「受験」に向けて効率よく伝えていくことになります。

2つ目は「鍛えること」です。これは先程の教えるとは少し異なります。教えればその場ではわかるようになりますが、それが「自力でできる」ようになるかといえばそうではありません。そこには鍛えることが必要であり、そのためには時間もボリュームも必要になります。

3つ目は「見つけること」です。これは医療でいえば、特定の悪い部分やクセのような箇所を摘み取り、それを矯正していくことです。できれば対症療法にとどまらず、根本治癒をめざしながら、時間や状況に応じて改善を促すように働きかけます。また、逆に、本人の気付いていない「良いところ」を見つけて伝えてあげることも大事な役割です。

4つ目は「寄り添うこと」です。認めると言ってもいいかもしれません。環境や場のチカラも上手く使いつつ、子どもたちの心に寄り添い、推進力へと変えていく歩みです。「自分の居場所がある」という安心感は、心のよりどころとして人間誰しも必要なことでしょう。

最後に5つ目は「繋ぐこと」です。ご家庭(保護者)とお子様、ご家庭と学校、そういった子どもを取り巻く環境を橋渡しするような役割、繋ぐというより潤滑油のような存在かもしれません。

教室での取り組みや時間配分等は個々の状況や個性に配慮しつつ、全体としてはこのような観点に立ち、日々改善しながら運営しています。来月まで今年度の終わりと次年度の始まりとが重なり、それぞれの立場や感情が交錯し、難しい時期ではありますが、塾生一人ひとりと丁寧に向き合っていく所存です。近頃、次の受験学年の子どもたちに「自覚」が芽生えてきたのが嬉しいですね。春はもうすぐです。

# by chikushin-column | 2021-06-16 14:47