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GW大型連休を終え、日常が戻ってきました。5月は小・中学校では体育祭、高校では文化祭と、大きな学校行事もあり、塾生たちの様子を見ていると少々お疲れモード。この時期、どうしても気持ちの浮き沈み(五月病?)が出ますので、私たちも一人ひとりの表情を見ながら話をするように、心がけています。ご家庭におかれましても、お子様の心身のコンディションにご配慮いただき、お声かけをお願いします。

さて、平成の世が終わり、ついに新時代の幕が上がりました。ご存知のとおり、「令・和」は、奈良時代、太宰府の地で大伴旅人が主催した「梅花の宴」で詠まれた歌の序文(初春月、気淑風…)に典拠するものであり、『万葉集』に収められています。

清らかでシャープなイメージの「令」、やわらかで繋がり合うイメージの「和」、この二文字を組み合わせて新元号を作り出したところに、日本人の知性や感性が垣間見える気がして、素敵な元号だなと私は思っています。

これから先、どんな時代になっていくのか… 未来は誰にもわかりませんが、ただ、現状から推察すれば,ますます経済格差が進み、ますます個人主義が進み、ますます混沌とした時代へと向かっていくことは間違いないでしょう。だからこそ、想定できることには備えなければならないし、想定範囲そのものを広げておく必要もあると言えます。また、コンピュータや人工知能の進化は、さらなるデジタル化、効率化を推し進め、人間の仕事だけでなく、人間本来の知恵や言葉、もしかすると感情さえもジワジワと浸食していくかもしれません。絶対解のない、不確かな時代を迎えた今、だからこそ、「確かな学力」の優位性、有用性が叫ばれています。




# by chikushin-column | 2019-05-15 13:20


個々、様々な感情が交錯し合う受験シーズン。受験生は、その時々の結果に一喜一憂しながらも、最終目標に向けて濃密な時間を過ごしています。

ここにきて「一人」で頑張れる塾生が増えてきました。教えてもらうことが勉強だと勘違いしていた女子が、まずは自分で勉強したうえで質問を持ってくるようになりましたし、秋口までは学校の友人と群れてばかりいた男子も、同じ志望校をめざす他中学の塾仲間と教え合う姿も見られるようになりました。受験勉強の過程において身につけるべき「他者依存からの脱却(自立心)」の芽生えは大きな変化であり、成長であり、この先、生涯の糧ともなりうる貴重な副産物です。自己の内面と向き合うことが、心をたくましく育て、自分軸を持つためには欠かせません。

受験生のご家族の皆様、今が一番ナーバスになる時期ですし、大変かと思いますが、この時期をくぐりぬけて、お子様はまた一つ人間的な魅力を身につけられます。我が子の笑顔は何ものにも代え難い家族のタカラモノですが、一方で、真剣な眼差しや葛藤を突き抜けた凛とした顔つきもお子様が成長している証です。私たちはもちろん合格をめざしますが、その合否結果だけでなく、過程から得られるココロの美しさや強さを大事に考えています。ひたむきな塾生の姿を見るたびに、我々のハートにも火がつくとでも言いましょうか、「なんとかしたい!」という熱量が大きくなり、その相乗効果から教室内が一つの色に染まり始めます。冬期講習は終わりましたが、あの時期がちょうどそのときでした。

このチームとしての一体感が、個々の自覚を促し、集団の規範や基準を作り、全体の「気」の底上げに一役買っています。ラストスパートです。塾での滞在時間が長くなるため、お弁当持参も多くなると思いますが、どうぞご協力の程、お願い致します。



# by chikushin-column | 2019-02-08 13:24
 「生きる力」という言葉が文科省で使われ始めたのは、もうかれこれ20年程前のことです。そして、21世紀を切り拓くため、「確かな学力(知)」と「豊かな人間性(徳)」と「健康・体力(体)」、この3つを教育の柱として位置づけました。この大目標を基本路線として、学習指導要領は少しずつ変わりながら現在に至ります。
 
 ここで大事な点をひとつ述べておきますが、それは、これら3つの要素は各々が独立したものではなく、互いに融合しあいながら、一人の人間を作り上げていくということです。右図のようなイメージです(文科省公式サイトより抜粋)
 
 私たちは「学力」や「スポーツ」といった、はっきりと結果がわかる類のものばかりに目が行きがちですが、実はそこにはもうひとつ、「人間性」という得体のしれない無限大のチカラがあることに目を向けなければなりません。そして、その基盤となるものが「家族」であり、その子どもを取り巻く「環境」ということになるでしょう。加えて言うなれば、これらは、卵が先か、鶏が先か・・、のようなことを論じても意味がなく、全てがその都度結びつきながら、一人の人間を形成していくものだと言えます。
 
 それを踏まえたうえで、私たち塾の仕事としましては「確かな学力を結果で示す」ということに他なりません。「学力の定義」に少しずつ変化が見られる中、それに応じる形で入試も変化しています。今の子どもたちが大人になった頃には、おそらく求められるチカラも変わっていることでしょう。そのあたりを視野に入れつつ、未来のフィールドを広げてあげるような取り組みを従来の指導と並行して進めていきたいと考えています。

# by chikushin-column | 2018-10-27 11:19


 夏の塾の授業は、どの学年も「復習」による「基本」の完全習得が狙いです。基本問題を確実に解ける状態へ押し上げていくことが、長期的な成績安定につながるからです。

 さて、学習内容を「基礎・基本・応用」と三段階に分けたとき、基本をマスターするためには、まず、その前段階の「基礎(見えない部分)」を整える必要があります。中学生の場合、この基礎部分とは「小学校内容」にあたります。中学生の伸び悩みの原因は、小学校高学年での躓きだと言ってもいいでしょう。特に小5あたりがポイントですので、小学生の保護者様はテストの答案や普段の家庭学習プリントの出来具合を見てあげてください。

 そして、もうひとつ。成績向上に欠かせない大事な考え方があります。それは平易な基本問題レベルばかりを反復練習しても、基本を習得したことにならないということ、つまり、基本を完璧にするために、基本問題ばかりを繰り返し解くだけでは、それを使いこなすレベルにはいつまで経っても到達できないのです。汎用性の高いチカラに昇華させるには、やはり応用問題に当たりながら「基本」の活用法を学ぶことが必要。応用問題は基本事項が複数重なり合っているだけですから、臆することなく、応用問題にも取り組んでほしいと思います。基本を固めるうえでそれが効率的かつ効果的です。



# by chikushin-column | 2018-08-25 13:31

 一般に、暗記教科の代表格として真っ先に挙げられるのが私の担当教科である社会科」なのですが、実は、その社会科の入試問題がガラッと様変わりしてきています。

 ここ数年、福岡県の公立高校入試においても、社会科の平均点は低い状態が続いています。これは丸暗記学習の限界を示しており、また、社会科の総合力・思考力を見る問題というのは、標準的な中3生にとってかなり難度の高い要求であることの証とも言えます。特に、地理分野や公民分野は、今の世の中の動きを反映した問題(時事問題)が出題されますし、新傾向を含む練り込まれた良問が並んでいますので、なかなかタフな戦いです。社会科は、もはや「準備力」だけでなく「その場力」も試される教科に変身しています。

 そして、この傾向は、なにも高校入試に限ったことではなく、中学入試においても色濃くなってきています。過去問を解くだけでは、傾向と対策にならない…今後はさらにそうなっていくに違いありません。

 さて、この入試の「質」の変化が「追い風」になる子もいれば、逆に「向かい風」になる子も出てきます。私、個人的には、社会科という教科ぐらいは「努力値がそのまま点数に直結するテストであってもいいんじゃないか」と思っていますが、しかし、暗記中心の学習から脱却することで、学びを深め、知識を活かすことに繋がるならば、今の方向性は素晴らしいことだと思います。勉強の面白さを知り、自ら学びを深めていく、この理想にどこまで近づいていけるでしょうか。二〇二〇年の教育改革に向けて、入試制度面ばかりが脚光を浴びてますが、テスト問題そのものの改革にも注目です。




# by chikushin-column | 2018-03-09 20:45
 

 知的な世界に関心を持ち、多くの言葉に出会うことは人生に彩りを与えてくれます。読書はその最たるものと言ってもいいでしょう。

 巷ではよく、「読書と学力の関連性」が取り上げられます。たしかに「読書量=特に国語の成績」という面では、一定の相関性がありますが、ただ一つ述べておきたいのは、だからといって、本好きの人は成績向上のために読書をしているわけではありません。一人で読書する時間が心地良いからであって、何か別の目的のためではない。そのこと、そのものが好きなのです。

 塾現場で子供たちを見ていると、読書のもたらす効果は、案外、直接点数に出ない部分なのではないかと思います。この「直接点数に出ない部分」というのは、軽く扱われがちですが、実は、学力全般を構成する「土台」とも言える大きな要素になっていきます。自然のうちに得られる語彙の感覚、論理力や想像力、一人で自問自答するチカラ等、学習に必要な何種類もの要素の複合体が読書なのです。教科書をベースにした机上の教科学習や系統だった学習は当然必要なのですが、それが全てではなく、その余白部分や行間にも面白いことが潜んでるんだよ、読書はそんなことをさりげなく教えてくれます。

 単なる知識をわかりやすいカタチに組み立てたとき、それは教養となります。その素地はやはり十代のうちに出来上がるでしょう。仲間と群れて遊ぶのもいいですが、一人の時間を一人で有意義に使うことも、人生を楽しんで歩んでいくうえで必要な資質のように思います。

# by chikushin-column | 2017-12-20 23:49


親子の関係は生涯続くものですが、「子育て」という観点からすれば、その期間は案外短いものです。子どもは成長とともに(特に進学を機に)活動範囲を広げ、自立への道を歩みますが、その分、次第に、親子の時間は少なくなります。また、思春期特有の反抗期もありますから、冷静に話ができない… そういったお母様方の声も聞こえてきます。 

我が家には一人っ子の娘がいるのですが、つい先日、私は娘を厳しく叱りました。心の内では葛藤はありました。しかし、「ときには、我が子の前に立ちはだかる壁にならねば」という、親としての想いが上回りました。おそらく娘にとって、人生最大の恐怖だったでしょうね、私も本気でしたから。娘は大粒の涙をポロポロと落とし、それでも視線を外さず、最後まで私の目を見て聞いていました。 

さて、よく「子は親の鏡」とか、「親の背中を見て子は育つ」とか言いますが、今のように情報が氾濫する時代において、また、家族形態が昔とは変わってしまった現代社会においては、親は我が子に対して、世の中に対する見方、信条、価値観といった自己形成の根幹となるものをもっと伝えた方がいいのではないか、私はそう感じています。それができる人間関係は家族しかない、と。 子どもは大人の考えの尺度を知りたがります。一般論ではなく、本音を知りたい。例えば、受験校選びに関しても、最終的に「子どもに任せる」というスタンスはいいと思いますが、全く親がノータッチ(放任)で、条件も意向も示さないというのはどうなのでしょうか。こういうときこそ、「これから先、どんな人生を歩んでほしいと願っているのか」をしっかりと伝え、家族で話を深めておくことが必要なのではないかと思います。心の奥底からこみ上げてきた親の言葉は、きっと我が子の生きる指標となっていくはずです。





# by chikushin-column | 2017-10-14 10:51

4技能 #171号(2017年9月)



近年、教育界では「英語4技能の習得」というフレーズが、アクティブラーニングと並んで大きな話題になっています。ご存知の方も多いかと思いますが、「読む・聞く・書く・話す」の4つの能力のことです。この英語能力は大学受験を視野に入れた際、非常に重要になりますし、英検やTOEICの点数が入試において点数に換算される等、急速に広まってきています。

ただ、その一方で、塾現場で小中学生を指導していると、「国語(=日本語)4技能」が心配になる場面に出くわすことが非常に多いのが現状です。4技能というのは、「読む・聞く」のどちらかと言えば受動的な2技能と、「書く・話す」の能動的な2技能に分けられますが、私の印象では、前者(読む・聞く)が疎かになってきている気がしています。 

前述の内容とは少々逆説的にはなりますが、読んだり聞いたりという行為は、ある意味、とても主体的な側面を含んでいます。それらは一見受身のように見えて、実は、自分の感情を他者にすり合わせていく思考作業ですから、一定のストレスは付き物。好き勝手は許されませんし、思い通りにもなりません。特に、読むチカラ(独力で日本語を読み解くチカラ)が全てのベースです。これを養っておかなければ、近い将来、自学勉強の負荷に耐えられなくなり、伸び悩みの原因となります。 

読むチカラには、①丁寧な音読と②スピードを上げた黙読(速読)の両方が必要になりますが、ご家庭でそれを測る方法としては、「初見の文章を上手に音読できるか否か」、これが一番わかりやすいかと思います。また、そのためには語彙力や漢字能力の向上は不可欠ですので、検定等を利用して、ひとつ上の学年ぐらいまで取得していくことをオススメしています。




# by chikushin-column | 2017-09-13 23:49


塾生たちの話を聞いていると、どうやら「(自分は)基礎は大丈夫だ」と思っている節があります。「基礎」とは、教科知識や解法のベースとなる土台部分、それは間違いではないのですが、しかし、それだけではありません。

今回のコラムは、基礎・基本・応用と3つに分けたうち、基礎に焦点を当てたいと思います。 まず、前提として、基礎は見えにくいものだということです。例えば、家屋等の建設工事を想定してもらえればイメージしやすいかと思います。 

では、学習面における基礎とはどういったチカラのことかと言えば、やはり、「読み書き計算を独力で正しくできること」になるでしょう。この部分を小学生時代に習得しておけば、処理能力がグンと上がるため、時間に追われる中学・高校時代も乗り切りやすくなります。基礎力は科目横断的なチカラですから、当然、実力テストの成績も安定してきます。 

そして、もう一言。これはあくまで私見ですが、実は、基礎こそ奥深くて面白いのです。汎用性があり、お得な知恵や情報がたくさんあります。学習の楽しさは、知識を結び付けて正しく組み上げ、その先に見え隠れする何かを、想像力を働かせて一般化したり法則性を探ったりすることにあります。こういった態度も、学習に必要な基礎的な資質であり、それは日常における思考の「習慣」から作られていきます。習慣は無意識の意識、大事な土台です。



# by chikushin-column | 2017-09-07 14:05


「目的のためなら手段を選ばない」という意見があります。例えば、目的が「勝つ」という一点ならば、そのためにどんな手段でも使うということです。これは卑怯だと思われる方もおられるでしょうし、勝てるところで勝負して何が悪いとおっしゃる方もおられるはずです。しかし、一つ言えることは、何事も「結果が全てだ」という目的至上主義で突き進めば、それは失敗の許されない窮屈な世界になり、その延長線上には、無難な安全地帯にいることを良しとする個人と小集団ができてしまうのではないか…、私はそれを危惧しています。

今、受験シーズンの真っ最中ですが、入試を進学のための手段として捉えれば、「受かればいい」という解釈になるのでしょう。ただ、私はその考え方に賛同できません。入試そのものに、そして、そこまでの受験勉強の中に大きな意味が含まれていると考えているからです。つまり、手段と目的は別モノではなく、両者は一体であるのではないかと。もう少し丁寧に言えば、長い目で見たときに、「手段の中にこそ、とても大事な目的が含まれている」と言えるのではないか、これが長年この仕事を通して子どもたちと向き合ってきた率直な感想です。



さて、最後に、教室の様子のご報告です。この時期はどうしても受験生に目がいきがちですが、実は、次学年のクラスがとてもヤル気で雰囲気がいいのです。急に芽が出始めた印象ですが、私が気づかなかっただけでジワジワきてたのかもしれません。先輩たちの姿や結果を見て「次は私たちの出番!」と前向きに取り組んでいます。
# by chikushin-column | 2017-02-28 16:00

毎月お渡ししている塾生保護者様への塾報(ちくしん通信)から、「塾長コラム」欄を抜粋したものです。どうぞ、ご一読ください。(文責 今井)


by chikushin-column