現代の子どもと学力に関する一考察 #160号(2016年10月)


ちょっとやってみただけでうまくいくこともあるし、何度やってもうまくいかないこともある。でも、慢心してはいけないし、卑屈になってもいけない。成功も失敗もある。確率が高いか低いかの問題であって、世の中の事象は全てがそうなっている。

繰り返し続けていると、いい結果が出る確率が上がり、手ごたえを掴み始めるが、またしばらくすると停滞が起こる。でも、そこで諦めてしまうのはもったいない。もう一段階、ステージを上げるためには、これも必要な過程だからだ。それでも粘り強く続けた者にチャンスは必ずやってくる。思うように前へ進めないときは、寝る前に気持ちをリセットして朝を迎えるとよい。睡眠は一日の最後ではなく、一日の始まりだと位置付ける。その意識だけで翌日の行動が変わってくることがある。



さて、今の子どもたちは、我々の世代とは社会環境がまるで違う。情報ICTの進化、グローバル化、共働き家庭と核家族の増加等、挙げればきりがない。さらに、今の時代の子どもは、大人社会の経済活動に巻き込まれ、一人の消費者としての役割も担っている。様々な分野で低年齢化と二極化が進み、人生の分岐点が「前倒し」されてきた感が否めない。

言い換えれば、子どものプロフェッショナル化が進んでおり、ある意味、万能型よりも一点突出型に注目が集まり、結果、オールラウンダーを生み出しにくくなった。

成績がいい子は、いい結果を出すために、この勉強にどれぐらいの時間をかけるべきか、という推測ができる。準備の時間を生み出すためなら、その他の時間を削ろうと考える。それぐらい、自分自身のゾーンの中心にあり、アイデンティティにもなっている。したがって、これを守ろうとする意識も強くなるため、目標意識が生まれる。塾現場で見ていると、この意識は10歳前後(小学校高学年)から芽生えてくるようだ。

小学校内容(基礎学力)が完璧であれば、中学校で行き詰まることはまずない。中学生のつまづきの多くは、小学校のうちに身につけておくべき基礎力不足が大半であり、また、無意識に繰り返され習慣化されてきた勉強に対する位置付けの差に他ならない。



少なくとも義務教育の9年間は、複数の領域をバランスよく鍛え、資質を伸ばしておくことが将来の選択肢と可能性につながる。勉強よりスポーツでも、スポーツより勉強でもない。本来、両者は人間形成のうえで相互補完的な役割を持ち、両輪であることを、ここで改めて認識しておきたい。


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by chikushin-column | 2016-10-12 22:40

毎月お渡ししている塾生保護者様への塾報(ちくしん通信)から、「塾長コラム」欄を抜粋したものです。どうぞ、ご一読ください。(文責 今井)


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