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「わかりやすさ」のリスク #207号(2020年9月)


世の中、わかりやすいことが善くて、わかりにくいことが悪だ、といった風潮がますます加速しているように思います。今回のコラムはこのことに関連しつつ、特に子どもたちの勉強について書いてみます。保護者様もご一緒にお考えいただけると幸いです。

さて、「わかりやすい」というのは「自分にとって負荷がない、引っかからない、抵抗なく取り込める」ということでしょう。多少穿った見方をすれば、「他者によって自分がわかったような気にさせられている状態」であるとも言えます。実は「わかりやすさ」には、難しい部分を削ったり、途中の説明をあえて省いたり、暗記で押し通したりといった具合に、言うなれば作為的に「わかりやすさ」を演出しているケースがあります。もちろんそういった手法が必要なときもありますが、ややもすればそれが過剰、さらに言えば過干渉となり、自主性の阻害要因に・・・というリスクを内包しています。つまり、受け身のわかりやすさに依存し、それが身に沁みついてしまうと、無意識に「わかりにくさ」を遠ざけ、自分にとって楽で手軽な現状、安全圏から出なくなっていきます。それでは真の自力は育ちませんし、ノビシロも生まれません。本来、勉強とは「脳を鍛えている」わけですから、難しいことやわかりにくいものを解決する過程で鍛えられていくはずです。筋トレと同じですね、適度な負荷が必要です。

一見、難しそうな問題でも、複数の基本の組み合わせで出来ています。それを丁寧に解きほぐしたり、突破口を見つけたり、それをそれこそ「わかりやすく伝えること」が私たちの仕事なのは重々承知していますが、しかしながら私は一方で、塾生の子どもたちに「わかる」ばかりを体験してもらいたいとは考えていません。むしろ、しっかりと「わからない」や「できない」を体験してほしいし、「?」というモヤモヤを呼び起こしたい、そう思って授業展開や発問を考えています。自分のチカラを総動員して考えた末の「わからない」は、「わかる」よりも何倍も価値があり、尊いことなのではないか、そう思います。


by chikushin-column | 2020-09-16 22:41

毎月お渡ししている塾生保護者様への塾報「ちくしん通信」から、教育コラム欄の文章を抜粋したものです。ご一読ください。(文責;塾長 今井章介)


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