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先週、2学期制の学校では「通知表」が手渡されました。特に中1は初めてのことでしたので、少し時間をとって、その重要性と高校入試に向けてお話をしました。

通知表は総合的な学校評価を把握するためのもので、テストの点数だけでなく、授業中の態度や提出物等も含めて、様々な観点から客観的に評価されるものです。中学生は5段階の絶対評価(二十五年前までは相対評価)で示され、それをもとに、高校受験の際に調査書(内申)に記載されます。公立高校の一般入試では本番の点数とこの内申点で合否が判断されますし、他にも特色化選抜や推薦入試、一部の私立高校の出願基準にも使われています。要するに、入試一発勝負ではなく、これまでの平常時における本人の取り組みと学校側の評価について、高校側も把握したい、合否の判断材料にしているというわけです。

さて、どうしても5段階の数値に目が行きがちですが、観点別のABC評価を見ることで、もう少し踏み込んで自分の足りないところが何なのかを知ることができます。定期テストの点数はまずまず良かったのに通知表が今一つ、といったケースは、テスト以外の部分の評価が低いということになりますし、逆もまた然りです。小学生のときには見えづらかった部分が、中学生になるとはっきりとした形で出てきますので、葛藤や戸惑いもあるかとは思いますが、これから先も現実として、「他者評価を受ける」、「客観的に自分を捉える」といったことが求められるフェーズに入っていきますので、そこから目を背けず、自分を高めていく努力を続けてほしいと思います。相対評価だった時代と比べると、5段階の人数枠が取り払われた分、評価が上がりやすくなっていますので、まずは授業中、しっかり顔を上げて聞く意識を持つことを心がけてください。小学生のお子様は、そういった部分を早いうちに整えていくことが肝心です。

# by chikushin-column | 2025-10-12 16:24

「時間を有効に」というフレーズは、ちょっとした隙間時間を無駄なく活かすといった意味合いで使われますが、その場の思いつきで何かしようと考えても、結局、流されてしまうでしょう。目的意識がなければ長続きしませんし、そのための計画性も必要です。制約のない自由な時間を何に使うかということに関しては、まさしく個人の自由ですので、当人の習慣や関心事、端的にいえば「心のベクトル」の表れです。これから秋にかけて日没が早くなり、自由に使える時間が増えますが、塾生の皆さんには「時間の使いみち」について、いったん立ち止まって見つめ直し、明日へとつながる充実した時間を過ごしてほしいなと思っています。

今の時代、情報があふれ、その浮き沈みも速いため、ややもすると雑多な情報と引き換えに、貴重な時間を使い捨てるかのように消費しがちです。また、ネットから幅広く情報を集められると思いきや、特にSNSのアルゴリズムは利用者の実態に応じて優先表示されるため、逆に、無意識に視野を狭め、ある種の依存症のような状態に陥らせます。近年、ショート動画が増えていますが、こういった瞬発的な刺激にばかり浸っていると、自分で能動的に理解することや時間がかかることに対する耐性が削られていきます。成長過程の早い段階において、「時間をかけることでしか得られないものがある」という実体験が欲しいところです。

最後に、これは私自身のことですが、ときどき自分の心に何かビタミン的な栄養が足りないなと感じることがあります。そんなときは、芸術に触れたり、知らない土地に行ってみたりといった非日常体験、それも「一人の時間」が心に潤いとエネルギーを与えてくれます。心を充電するための時間を持つことも上手な時間の使いかたなのかもしれません。


時間の価値 #267号(2025年9月)_d0347964_15303675.jpg
(2025年8月 受験生合宿 中3ファイナルテスト)




# by chikushin-column | 2025-09-11 15:40

学生時代は、年齢に合わせて、「学年」というくくりがあるため、身体の変化や運動能力等は、自分の成長度を一年刻みで知ることができます。年齢とともに、身体は大きく強くなり、運動能力も向上し、それらが数値で示されますから自分でも比較しやすいわけです。何もかも伸びざかりの十代なので、後戻りする心配もありません。子どもたちの若さが羨ましいです。

一方、「心の年齢」は自分では見えにくい部分です。そもそもそれを数値化するのは難しく、人間の内面を仮にタイプ別に分けることはできたとしても、他者が何かしらの評価を与えることは、個性の優劣や序列につながる危険性もあり、慎重であるべきでしょう。では、心の成長、心の年齢といった掴みどころのないテーマに対して、どのように向きあえばいいのでしょうか。

突破口となる一つのカギとして「ふり返ること」を挙げたいと思います。今の時代、どうしても人は時間に追われ、前へ、未来へ、という思考になりがちです。しかし、はたしてそれでいいのか、もしかすると、現代人特有のタイパといった風潮に踊らされているだけなのでは?といった冷静な見方も必要でしょう。何事も熟成には時間を要しますが、この「ふり返る」という、現在と過去を往復する時間とそこで生まれてくる感情とが、心に落ち着きを与え、精神的な成長をもたらしてくれるように思います。

上手くいったことも失敗したことも、いえ、むしろ、失敗や挫折のほうが、後からふり返ったとき、自分の心の器を大きくしてくれる機会になるのかもしれませんね。塾という世界を通して、お子様の心の成長に関わることができたなら私共にとってそれはこの上ない喜びです。

心の年齢 #265号(2025年7月)_d0347964_00545591.jpg
山家道校 数学 授業風景(松本校舎長)

# by chikushin-column | 2025-07-15 00:56

思考や言動から、ある種のパターンといいましょうか、傾向が見られます。具体例を挙げてお話を進めますが、今後、ご家庭におかれましても、お子様を良い方向へと導くヒントになれば幸いです。

たとえば、「質問」の内容やタイミングに端的に表れます。伸びる子は解けなかった問題や納得のいかない解説について、普段からその都度、ピンポイントで質問に来ます。わかることとわからないことをはっきりさせるスタンスです。一方、伸び悩む子はテスト前日になって「全部わからない、教えて」と言ってきたり、一からノートまとめを始めたり、そういった言動と目的とのちぐはぐさが目立ちます。大抵のことは読めばわかりますし、暗記系も自分が取り組むしかないのですが、自分の脳に負荷をかけず、「他者から聞いてわかる(わかった気になる)」を選択してしまう・・・。この言動から脱却するという意志を持たない限り、劇的な変化は生まれません。勉強合宿のしおりに「無意識を意識せよ」と書いたのもこういった理由からです。

また、定期考査前の様子を見ておりますと、伸びる子は教科書をベースに進め(ワーク併用)、その後、問題演習で間違いや弱点を探してますが、伸び悩む子は教科書をあまり使っていません。ワークも提出のための作業になっています。学校の授業中に先生が触れたかどうか、その記憶を判断材料にして決めつけがちです。「教科書を読んで理解する」、これができれば相対的に上位層に食い込んでいけます。そのための土台、見えないチカラとなるのが年齢相応の国語力です。今年、小学部CAPやマナビバでは国語の新たな取り組みに挑戦中です。



伸びる子と伸び悩む子 #264号(2025年6月)_d0347964_18175867.jpeg
(中学別定期テスト対策「鉄人」筑紫野中の様子です)


# by chikushin-column | 2025-06-13 18:19

私のメイン指導教科は「社会科」ですが、特に地理の学習には「他教科の知識・基本」が必要になります。たとえば、グラフから割合を求めたり、縮尺を使って距離を求めたりといった場合は算数が、気候や地形(降水量と植生、川の働き等)は理科の要素が入ってきます。また、いわゆる教養に近い一般常識や、実際に行ったことがある見たことがあるといった体験、さらには興味関心による予備知識の差、こういった教科書以外の要素が大きいのが社会科の特徴でもあります。とはいえ、もちろん教科書をベースに学べば及第点なのですが、そのためには学年相応の国語力(特に語彙)が前提となります。

このようなことから、社会科の授業は、逆に社会科だけを教えるというのは案外難しいといった側面があり、あっちこっちに話が飛びながら、それらを組み合わせたり、別の角度から説明したりといった感じで進めています。ただし、それだけでは暗記・定着が不十分なので、タイミングを見計らってチェックテストを実施し、「覚える」と「書ける」を確認しています。

本来、広義における勉強とは、机に向かって取り組む時間だけでなく、日常生活のあらゆる場面で活きる知識や知恵を身につけ、それらを繋ぎ合わせ、増やすことです。あまりにも近視眼的な発想では、いずれ行き詰まり、将来のノビシロを失うことになりかねません。勉強そのものを楽しむ気持ちを育みたいものです。


ちくしんアイレター
担任報告のご返信分(中1保護者様)を掲載させていただきました。
「知」のネットワーク #263号(2025年5月)_d0347964_17591861.jpeg

# by chikushin-column | 2025-05-20 17:48

毎月お渡ししている塾生保護者様への塾報「ちくしん通信」から教育コラム欄を抜粋したものです。ご一読ください。(塾長)


by chikushin-column